2012年06月17日

いよいようちの子になります

さーちゃんがわが家に来てはや5ヶ月である。もはやいないことなど考えられない。さーちゃんが来る前ってどんなふうに過ごしてたんだろ?暇を持て余していたことは確かだ。独身で超忙しい人とかはいるんだろうけど、たいていの人は子どもでもいなけりゃド暇なんじゃなかろうか?(決め付け)私はさーちゃんが来る前は、自分では忙しいと思っていた。なんだかんだいって、やることっていっぱいあるし、わりと時間に追われていたのだ。さーちゃんと生活してみて初めていかに自分がヒマで、無為な日々を過ごしていたのかがわかった。とはいえ、つい数週間前まで、仕事と子育てと家事その他でいっぱいいっぱいで、「自分の時間がない!」「さーちゃんとも十分にかかわれない!」と、しょっちゅう切れていた。まじで、だんなと離婚したいとも思った。私は、だんなが全然手伝ってくれない、何もしてくれない、全部自分がするなんて無理!と思っていた。何度も何度も言い争って、もう無理と思い、それでもなんとか仲直りしてまたケンカしての繰り返しだった。だんなからは、仕事やめたら?とも言われた。私は余計逆上した。仕事がどうこうじゃなく、あんたが何一つしてくれないことが、腹が立ってしかたないんでしょ!!って言ったけど、だんなは、わかった、何すればいい?ととりあえず言うけど、やはり私がするものと思ってて、自分からは動いてくれなかった。でも、少しずつだけど、だんなは変っていった。そして私も自分ができないときは、お願いできるようになった。そして、仕事の量を減らすことに決めた。しばらくは時間の都合のつくホームヘルパーをするつもりだったのに、フリーという言葉につられてケアマネをすることになってしまい、しかもできないのに、管理者の言葉を真に受けて次々と引き受けてしまった。さーちゃんとの生活にも十分に慣れていないのに、8時から6時まで保育所に預けて、土日しかいっしょにいられないのにイライして…ようやくさーちゃんとの生活にも仕事にも慣れてきたところだけど、だからこそこのままいくんじゃなくて、一旦立ち止まろうと決めた。仕事も実は、スムーズとはいいがたく、このままのペースで続けるのは無理だなと感じている。さーちゃんも本格的にわが家のさーちゃんとなるべく手続きが始まるころなのだ。もうとっくの昔に、後戻りできないところに来ているのだが、いよいよ本当にうちの子になるのだ。ちょっと緊張。
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2012年02月28日

仕事って?子育てって?デザイナー・コシノアヤコさんのこと

NHKの連続テレビ小説「カーネーション」のモデルである小篠綾子さんの自伝小説『コシノ洋装店ものがたり』を読んでいます。私はテレビのほうは見たことがなく、綾子さんのことも、コシノ3姉妹のお母さんとしか知らないので、娘3人をデザイナーに育て上げた、自身もデザイナーである一人の女性の華麗な人生が描かれていると思い、本を読み始めました。予想とは全く違う内容でした。洋服が好きで好きで仕方がなく、寝る間も惜しんで服を作った職人・デザイナーとしての綾子さんと、仕事のために子どもを親や知人に預けなければならず、そのことがつらく苦しく、自分を責める綾子さんが書かれていました。泣き叫ぶ子どもを力づくで連れて行く知人をみて、「いくら仕事のためとはいえ、泣きすがる子に背中を見せてまでするほどの仕事なのか」という思いが心に突き刺さったとありました。確かにそのとおりなのです。仕事ってなんだろうと思います。以前新聞に、夫が働き妻が家庭を守るという日本の伝統的な習慣がなくなるとかなんとか書かれていたことがありました。でもそんな習慣はごく一部の人たちのことで、農民が大多数を占めていたのですから、夫も妻も、じじばばも一家総出で働いていたのが日本の伝統なのです。高度成長期になり、初めて夫は外へ、妻は家庭を守り、というのが普遍的になったのです。綾子さんが生きた時代、その地域では女は家にいるというのが当たり前だったそうで、綾子さんへの風当たりはむしろ今の時代と似てるかもしれないです。日本には、3歳児神話というものがあり、子どもは3歳までは親が自分で育てるものといわれています。今でも根強く残っています。私は保育士経験がありますが、この神話の根拠は知らないです。3歳までがいかに大切かということを考えればわかるのですが、いまひとつ納得がいかないのです。3歳児神話に縛られて、とにかく3歳までは保育所に入れず、働きにも行かない、子どもといっしょの時間を大切にするというお母さんがいます。そういう人の言ってることを聞いたり、やってることを見たりして思うのは、「勘違いも甚だしい」ということです。3歳まではぴったりくっついている、そのこと自体は正しいのではないかと思います。でもそうしなければ、と思ってる人は、子どもに対して恩着せがましく、うっとうしい存在であると思うのです。綾子さんの話からずいぶん外れてしまいましたが、仕事への情熱と子どもを思う気持は必ずしも相反するわけではないと思うのです。子どもを捨てて仕事に走る人、仕事を捨てて子育てに専念する人だって当然いるわけで、そこは両立などとキレイごとばかり言ってはいられません。でもやはり、それでもどっちも捨てきれないことだってあるのです。綾子さんの仕事に対する情熱と、子どもへの思いを、胸が苦しくなるほど感じます。食べるためにするのが仕事なのか、情熱を注ぐのが仕事なのか、どちらであっても、仕事は仕事。仕事と子どもで迷ったときは、この本を読み返そうと思う。
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仕事と子育て、どっちも大事

保育所でもらってきた「はっぴーママ」というフリーペーパーに、仕事と子育てを両立させているワーキングママが紹介されていた。学習塾の個別指導をしている人で、仕事の時間帯が午後3時頃から夜の9時過ぎなので、夜間保育所に子どもを預けている。こどもはまだ1歳になってないようです。ある日のスケジュールは、21時半に退社・お迎え、22時入浴・夕食準備、22時半寝かしつけ・夕食、23時半就寝となっていました。仕事の都合上仕方のないことだし、夜に強い人なのだと思うが、バリバリ朝型で、8時に寝て3時前に起きる私には「信じられない」という生活パターンでした。(私の場合、子どもが早くに寝て、早くに起きるためこうしているのだが)正直なところ、子どもを夜間保育所に預けてまでしなきゃならない仕事って…と思わないでもないです。でもこれって、たまたま自分の場合、子どものために仕事を辞めることができたし、辞めてもいいと思える仕事だっただけで、人にはそれぞれ事情があるし、その人なりの仕事に対する思いというものがあるわけです。そういったことを考えないで、夜間保育=子どもがかわいそう、そこまでしてやる仕事?などと、正義ぶって親を批判するのは、簡単ではあるけれど、それこそエゴかもしれないです。実は数年前、臨時保育士として働いていた保育所は、夜間保育もやってました。昼と夜は完全に分かれていたので、詳しいことはよく知りませんでしたが、内心ではこどもがかわいそうだと思っていました。でもサービス業に従事する人は多いし、役所時間に仕事の終る人が買い物したり外食したりできるのは、そういう人がいるからなのです。それなのに、そういう人たちを、子どもを預けてまで夜仕事なんてかわいそうと言うのは、ほんと勝手なもんです。私はいまのところ無職でのんびりしているけれど、3月からは訪問介護と見習いケアマネ、4月からはフリーのケアマネとして働く予定なので、キレイごとは言っていられなくなるだろうと思う。だんなからは、「仕事始まったら、家のことやら、子どものことやら大変じゃない?仕事するようになっても、あんましイライラせんといて…」と言われています。ご飯の用意や後片付け、洗濯物を干してるとき、子どもがぐずってるときに、パン焼いてーとか、お茶淹れてーとか言わなければイライラすることもないんやけど…やっと子どもを寝かしつけた直後に、掃除機かけたり子どもの顔さわって遊んだりしなければ泣きたくなることもないんやけど…
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2012年02月22日

わが家のさーちゃん

さーちゃんがわが家にやってきて3週間が経つ。今朝朝ごはんを食べた後も、だっこだっこと言うのであれっ?と思った。起きてしばらくはだっことおんぶだが、いつもならご飯の後は、極楽トンボのようにご機嫌さんで遊び始めるのだ。私が顔を洗って化粧をするときも、黄色い踏み台をもってきて横に立ち、「さーちゃんする!」と、ボトルの蓋をしめるのが最近の習慣であったのだが、今朝は違った。ふんふんふん…となにやら鼻を鳴らして泣きべそをかいていた。熱でも出るのかなとちと心配になった。それでも保育所へ行く準備をしだすと、「さーちゃんもいっしょに行く!」と、嬉しそうに言うので、大丈夫かなと思った。保育所に行くって理解してないようなかんじだったので、すこーし心配してたら案の定、車から降りるのを嫌がった。だっこで降ろすが、「お友達イヤ」と言って、玄関に入ろうとしない。今までは歌を歌いながら「お友達おはよ〜」とか言って走ってお部屋に行ってたのに…あとでお母さんといっしょにお雛様出そうね〜とか言ってなだめすかしてなんとか部屋に連れて行く。しかし、おかあさんといっしょに遊ぶとか言って、なかなか離れてくれない。珍しく登園拒否があったことを担任の保育士に言うと、「やっぱりー?昨日からその兆候はありましたよ〜」とのことである。子どもには普通にあることなのだが、さーちゃんの場合、最初後追いらしきものがほとんどなく、お利口さんだったそうだ。それが、昨日からは、数回「お母さんは?」「お母さん来る?」と不安そうに聞いてきたとのこと。
私は泣かれたら困る、少し息抜きしたいと、そんなことばっかりを考えていて、さーちゃんがお利口さんなのをありがたがっていた。自分が担当保育士の立場であれば、普通の子との違いにすぐに気づいただろうと思う。まだお母さんと関係ができていないんだな、いつ泣き出すかなって、注意深く見守ったと思う。でも、母親という当事者になったら、自分のことで手一杯で、客観的に見ることができていなかった。保育士だった頃は、温かい目で母親を見ることができず、批判的であったが…ひどい保育士だった。
さーちゃんが少しオモチャに興味をもって離れてくれたのをいいことに、「お願いします」と言って、逃げるように保育所を後にした。本当は、泣かれてでも、きちんと「お母さん、行くね」と子どもに言うべきなのだけど、私はそれができない…今日は早めにお迎えに行こう。
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2012年01月29日

さーちゃんが来るぞ〜〜

いよいよ明日さーちゃんがわが家にやってくる。保育の仕事を離れてずいぶん経ち、そーとー鈍くなってるせいもあり、いまひとつ実感がわかない。2回泊まりにきているので、必要なものはだいたい揃っている(いつもその時になって、あれがない、これがないと慌てるのだが…)2〜3歳の子の洋服などは、担当のこどもをよく家に連れてきていたので、なんとか間に合いそうだ。(男の子向けの服だが、小さいさーちゃんはまだ気づいていない…)今日になってようやく、保育士時代に購入した『語りかけ育児・一日30分』を読み返した。慌てて必要なオモチャを出してきて棚に並べた。保育所の入園案内を見て、頭を抱えた。なんか手作りっぽいものが多いじゃないか…だが心配ないさ。今はいかにも手作りですってかんじの入園グッズが売っているのだ。保育士だった頃は、手抜きする母親を半ば軽蔑していたのに勝手なもんだ。しかも私は今失業中なので、忙しいってわけでもない。世の中のお母さんの気持がちょっとわかった。じいちゃん・ばあちゃんのいない(じいちゃんはいるんだが、ちと遠いしあてにはできない)私たちは今後しばらくの間苦労することと思う。ここは大いに他人の力を借りねば。(保育士時代とは言うことが違いすぎる…)もう後へは引き返せないのだから、もたもた言いながらもやるしかないようだ。はやくさーちゃんを仕込んで、夕飯を作ってもらわねば。だんなはだんなで、いっしょに大阪行く〜とか言っている。絶対迷子にさせんといてね!!ってか、一人でも心配なのに、さーちゃんを連れて行って二人で迷子になったらどうするのか…やっぱ、さーちゃんには、はやくしっかりしてもらわねば。って、2歳半の子に頼ってる場合じゃない!いい母親になれるかな…せいぜい若作りして、他の園児の母親から老けたお母さんっておもわれないようにしなきゃ。
posted by ゴブリン at 21:36| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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