2010年06月05日

節約疲れ?なんですかそれ。

先日新聞のまとめ読みをしていたら、節約疲れで、景気上向きとか出ていた。節約疲れってなんだろう?よくわからないんだけど、日銀総裁の白川さんがそう言っているのだから、ふざけた見解というわけではないのだろう…浪費疲れ、贅沢疲れ、遊び疲れならわかるが。うちで食事作って食べたり、レジャーを近場で済ませたり、お金を使わないことに疲れたということか?お金を使わないと疲れるのか?私はお金を使うと大変疲れるが…  戦後クリスチャン・ディオールのエレガントなファッションが戦時中の実用一点張りの反動で、大流行したらしいが、そんなかんじで景気が持ち直してるのか?また猫も杓子も使わななりませんといって金を使う時代が来るのですかね。でも、いうたらなんですが、たかがうちで食事作ったり、弁当持参で会社行ったり、タバコやお酒をやめたり、海外旅行行かないというのが、そんなに疲れるほどしんどいですかね?レジ袋無料の店で買い物すると疲れないですよ。つまらないこといちいち聞かれないし(やれポイントがどうの、袋あるかとか)使い回しができるし。ゴミもリサイクルしたり、分別したりせず、リユースして汚れたらポイって燃えるゴミに出したら疲れないよ。あれっ?疲れの原因はエコだった?
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2010年03月06日

自然保護は実は自然破壊の裏返しではないのか

3年前に腎臓ガンで亡くなった作家池田晶子の『14歳の君へ どう考えどう生きるか』を久しぶりに手に取ってみた。適当に本を開き、でた箇所を読んでみた。自然というものについて書かれた章だ。日本全体がエコ、エコと騒いでおり、コマーシャルでも地球に優しくというようなものが非常に目につく。環境保護おおいに結構、一体私は何が気にいらないのだろう、自分でもわからなかった。ただただ不安で不愉快だった。池田晶子の自然に対する考えははっきりしている。自然とは人間も含めたものだという。自然保護とは実は自然破壊の裏返しにすぎず、人間の傲慢、身勝手ではないのか。自然は人間の意志を超えているという、ものすごく当たり前で、ものすごく不思議なことへの驚きを忘れると、これを支配しようとし始める、とのことだ。すっきりした。そして不思議でならない。池田晶子はもうこの世にいない。なのにこうやって生きた人間に影響を与えている。当たり前かもしれないが、その当たり前というのも怪しくなってくる。今日本では総理大臣を先頭に皆でエコ街道を突っ走っている。皆が正しいと信じて、崖っぷちに向かって走っているようで恐くてならない。第二次世界大戦のときもこんなかんじだったのではないか。
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2010年02月16日

マイバッグをあきらめた

近所のスーパー、プラント3はまだレジ袋が有料ではない。万引きの被害がとにかくひどいらしいので、マイバッグなど御免こうむりたいといったところではないか。なのでいつもマイバッグ持参の私は包装紙の切れっ端みたいなものをどのバッグにも付けられて面倒くさくて困っている。第一レジ袋以上に紙がもったいない。プラント3がエコどころではないのはわかるが…それに「袋いいです」と申し出たら店員が必ず、手を一旦止めて切れッ端を準備するので、バーコード−を2度通さないかと心配になってしまう。1週間前とうとうマイバッグをあきらめた。プラント3のレジ袋は徹底的に使い倒すことにした。それにしても世のエコブームは恐ろしい。職場のやつらなど、どんなに汚い、燃やしてくれたらどんなにかありがたいようなゴミでも、プラスチックは必ず分別している。いったいなんのための分別なのか。
ラベル:エコ
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