2011年07月16日

親と子の関係

里親会主催のふれあいバーベキュー大会に参加した。私たち夫婦はまだ一度も里子を預かったことがない。話は何度かあったのだが、やれその年頃は難しい、やれ家が狭い、やれ個室が用意できないなど色々と理由をつけて断わっていたのだ。要は自信がなかったのだが。なので里親の集まりにもなんとなく出づらくて、里親会とはあまり関わりを持っていなかった。去年だんなが、一度くらいは出てみよう、少しは他の里親さんとも話をしてみたいと言うので、出てみたのだ。人の話を聞くのはとても面白く、参考になった。児童相談所の職員と話ができるのもこういう場だからこそ。二人ともちょっと楽しくて、出てよかったねとなった。去年は初めての参加で、あまり子どもたちと遊べなかった。今年はシャボン玉など私の好きな玩具があったので、(東京ではシャボン玉カフェとかいうものができているらしい。ほんとだって!日経新聞に載ってたもん!)いっしょに遊んだ。バーベキューでは表情の硬かった女の子がすごく楽しそうにして遊んでいた。小さな子たちはなぜか私には水をかけていいと思っていて、水鉄砲で撃たれまくった。子どもたちと走り回って遊んで、すごく楽しかった。子どもは遊ぶ相手として申し分ない。遊ぶだけならこれほど楽しい相手はいない。私が保育士の仕事を続けられなかった理由がわかった。親になれない理由もわかった。教育やしつけができないのだ。子どもとバカ騒ぎをして遊んでいたいだけなのだ。大人としての責任を果たせないのだ。子どもには遊び相手も必要だが、教育者も必要なのだ。このことがわかっていないのは私だけではないようだ。友人たちはみな、子どもとは友達のような関係でいたいと言う。友達はいくらでも作れるが、親はこの世に一人だけ(二人か)。なぜ親が子どもの友達である必要があるのか?友達には責任がないからだ。そこまで深くは考えていないのだろうけど、親としての責任に欠けるのは確かだ。だが、40、50も過ぎると、子どもと友達のような関係というのは別の意味で重要になってくる。なぜって、その歳になると子ども以外に友だちがいないからだ。子どもに見捨てられたら親は一人ぼっちなのだ。この世でただ一人の友達が自分の子どもなのだ。そういう親の介護を子どもはしなくてはいけないのだ…
posted by ゴブリン at 21:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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