2011年03月30日

有事になれば人間の本質が見えしまう

うちのだんなが、何度も言っている。「東北の人というのは本当に辛抱強い」と。被災した人がインタビューを受けているのを聞くと、確かにそうなのだ。これだけの被害を受けながら、全てを失いながら、泣き叫ぶこともなく、大声でわめくでもなく、窮状を声高に訴えるでもなく、ただただ耐えているというかんじがする。ちょっとしたことで、ヒステリックになり、パニックに陥る私やだんなは、これら東北の人たちには畏怖というか、近寄りがたいものを感じる。冷静というのとは違うのかもしれない。なにも静かだからいい、ぎゃあぎゃあ騒がないから偉いといってるわけではない。なんか腹のくくり方が違うというか、生き方が違うというか…私はまだこのような試練といえるほどのものは経験したことがない。だが、こういったときにこそ、人間性が問われるのかもしれない。中国人のブロガーがサイトで「日本人の災害時の冷静さには驚く」と書いている。四川大地震のときは、買いだめする人が多く、大混乱だったとのこと。普段どれほどいいことを言っていても、立派なことを言っていても、有事になれば本質が見えてしまうのだろう。私はどうだろうか。普段えらそうなことや人を思いやるようなことを言っているが、自分の身が危なくなったらどうだろう?他人を差し置いて、他人を出し抜いて、自分さえよければの根性が丸出しになるのだろうか?正直なところどっちに転ぶのかわからない。有事には悪人になると観念し、せめて平時に善人であるよう努力したほうがいいかもしれない…
posted by ゴブリン at 20:35| Comment(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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